空室四号

ゲームコラム中心雑記ブログ

【悩み】ネットのゆるいつながりみたいなのってうらやましい

ネットコミュニティに身を落とす上でありのままに正直でいることはとても難しいように思う。

 

私はこうしてゲーマーという看板をかけてネットに身を落としているわけだが、正直とてつもなくゲームに生活を捧げているわけでもないし、とてつもなく高いスキルを持っているわけでもない。

趣味といえば当たり前に小説や漫画だって読むし、音楽だって聴く。専門科目として学んできたことや普段の生活に思うことだってある。

ではなぜゲーマーという看板をかけているのか? それは単にゲームや小説や漫画や音楽の中で一番熱量が高い趣味を選んで自分自身にかけた看板にすぎないのだ。

 

ゲーマーと言っておけば、同じくゲーマーの人は大体相手がどんな人種かわかっているだろうし、プレイしているゲームからも話題が拡がりやすい。自分自身もそこそこ「語れる」。

ネットコミュニティにおいてそういった人格を自分に与えてあげることは多分けっこう大事だったりする。

しかしそれでもなかなかネットコミュニティの輪に入っていくことは難しいように思う。

 

ネットでは政治や芸能といったみんなが認知している強い情報が毎日ものすごい量流れてきて、もちろん自分もそれについて思うことはあるわけだけど、いちいち正直な意見をのべていくことは普通のことのようにも思うし危険なことのようにも思う。

なぜならネットには当たり前に色々な人間がいるわけで、明確な自分の立ち位置を示すことは仲間を増やすとともに敵をつくる行為でもあるからだ。

イムリーなところで加計学園の問題やAKB総選挙結婚発表問題などがあるわけだが、それに関して擁護・反対・どうでもいいという立場を明確にすることは何だかとてつもない流れに入っていくようなことのように思える。しかしそれがネットを楽しむ本来の振る舞いのような気もするのだ。

 

何かしら自分という人間を広く認めてもらいたいのか? と問われれば、全くのノー、と言うのは嘘になる。しかしそういった考えは危険だ。ことネットにおいてその欲求を拡げていくと際限がない。

自分を下手に大きく見せて仲間や敵を増やしていくことよりも、「この話題は入っていくのヤベェんじゃねぇか」と恐怖に身を任せたほうが楽な気もする。

 

では現実の世界で名刺などを配って目の前の人間ありきの対話でもしていけばいいのではないか、とも思うわけだが、それはもう不思議なことになかなか現実的ではない。

今の時代現実で会う人もほとんど何かしらの形でネットに身を落としているし、もちろんネットで認知してから現実で会うこともあるわけで、今の時代結局のところ入口が違うだけで人間本来の動物的な印象によるギャップだけが残るという可能性は良くも悪くも否定はできない。

私自身前述のとおり何かしら趣味関連の後ろ楯や仕事があるわけでもないし、そもそもただの看板にも偽りありの何にかんしても中途半端なおじさんだし、第一に人間としての印象にまったく自信がない。

現実でのコミュニケーションは苦労のわりに総スカンに終わる可能性が大きいのだ。「なんかネットでも冴えないやつだと思ったら本人も冴えないやつだったな」というわけである。

 

ここまで読んでいただいて「なんだこいつただ友達つくりたいのか?」と問われれば、それはもうイエスである。友達というか、ただ「好きなことに関するゆるいつながり」みたいなものが欲しいのだ。

ことゲームに関して言えば、ある程度歳がいってしまうと周りはみんな辞めてしまうのはもちろん、続けていてもわりと「隠してしまう」趣味なので、圧倒的にネットのつながりのほうが強い。

はずなのだが……なかなか上手くいかないものですね。

 

なんか毎日適当なこと言って、「来るものは拒まず、去るものは追わず」みたいにどどんと構えられればいいし、楽なわけですが、前述のように「大きな流れ」に入っていく勇気がないものにとって結局のところみんながゆるく楽しめる暇つぶし系成果物をつくっていくことは大事なんじゃないかと。

だからこうしてゲームのブログを書くわけです。動画でも撮るか。うーむ。