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空室四号

感謝と贖罪

結局のところeスポーツは日本で流行るのか ウメハラの記事の追記として

前に書いたウメハラの記事ウメハラの慶応講演について - 空室四号がそこそこ読んでもらえているようなので、その補足も兼ねて今回の記事を書こうと思います。

内容は記事タイトルの通りです。結局のところeスポーツは日本で流行るのかどうか。 

 

結論から言うと、僕は日本では自然にブームになるようなことはないのではないかと思います。

我々のようなゲーマーにとってeスポーツのようなゲームの向き合い方や、競技性の高いゲームの世界的流行、そして「プロゲーマー」という職業はすでに賛否両論ありつつも馴染みのあるものとなっていますが、これがあくまでゲーマーを越えた一般的なものになるのかどうかはやはり別問題だと思います。

 

その一番の理由はというと、少し理不尽ではありますが、現状日本ではゲームは「社会的強者」がやるものではないからです。

「社会的強者」と曖昧に書きましたが、つまり単純に、ゲームに人生を捧げるまでのめり込んだ人間が、現実的に明日を生きていく糧を手にできるのかというとそうではなく、それどころかあらゆる「現実的なもの」を犠牲にする可能性の方が高いからです。

もちろんウメハラのように一部例外はいますが、やはりまだまだ彼のような存在は「モデルケース」ではなく「成功した一部例外」と言えるでしょう。

そしてそのウメハラも言うように、むしろゲームに人生を捧げるような生き方は人生の破滅を招く危険性が高く、室内に閉じこもりがちで不健康で何も得しない「後ろめたい行為」なイメージもあり、まだまだ子どもたちの夢になるようなものではないです。

 

eスポーツ業界は現在、大きなジレンマの元に回っている業界です。簡単に言うならば、「流行らないから食えないのか、食えないから流行らないのか」というジレンマです。

もちろん食える食えないの問題はサッカーや野球のプロを夢みる子どもたちや、芸術に励む人々にとっても言えることではありますが、それこそそういった分野とeスポーツでは「モデルケース」の例が圧倒的に違うのです。

 

私は冒頭で「自然にブームになることはない」と書きましたが、業界全体もそれを察してか、eスポーツ業界は現在、選手周辺を支える各団体の発達が目覚ましい業界でもあります。

スポンサー、イベンター、育成期間、行政の介入、チームの運営組織、そしてプロゲーマーの定義や認定や目指し方とはいったいどういったものになるのか。

あらゆる問題を孕みながらも日進月歩で変化し、業界はまさに今「プロゲーマーのモデルケース」をつくっている途中なのです。

 

そしてそういった業界の努力を経て、いつかその努力がてこのようにゲーマーの熱意を押し広げたとき、eスポーツははじめて流行を迎えるのだと思います。

それまでは、お世辞にもeスポーツはまだまだきちんとした業界とは言えない、プロゲーマーを目指すにしてもちょっとリスクが高すぎる業界なのではないかな、と思います。