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空室四号

感謝と贖罪

ハイスコアガール7巻の感想に私事を添えて

ネタバレ注意!

 

と、喚起するまでもなく、今回の巻は特に大きなストーリー上の動きはありません。

 

かわりに、主人公ハルオと我々読者の距離が今だかつてないほど遠く描かれており、ハルオの重要な心理描写もほとんどなければ、行動としてもただ周りの都合に合わせてあっちへフラフラこっちへフラフラ。

いつも以上に煮え切らない鈍感力を発揮するハルオへの、「おまえ一体何考えてるんだよ」というヒロイン達の感情が追体験できる一冊となっております(煮え切らない、というのはある意味では結果を意味しているといえばそのとおりなのだけど)。

 

しかし、この作品がひとつの着地点へ向かうことへの暗示というか、ストーリー上の一種のタメというか、そういった意味ではかなり重要な巻なのではないかと思います。

着地点、というのは多分ハルオがたまに口にする「大野とゲームしてぇなぁ」という言葉の意味が、果たしてただの言葉通りの意味なのか、それとも違う感情を交えての意味なのか、というところなのでしょうが、それに関して珍しくハルオが「読者にも語らず」本気で悩んでる(風な)のが今回の巻ということなのではないでしょうか。

感想おわり。

 

さて、ここからはどうでもいい私事であって、ある意味本編なのだけれど、前回のウメハラの記事と、今回の感想を書くにあたって、ふと中学の頃のある出来事を思い出したので長々と語らせていただきたい。

 

その出来事というのは、私が小学生時代に友達と熱中していたゲームであるパワプロを極めすぎて、ついに中学に入ってからサクセスモードでオールA選手を量産するに至ったときの話である。

 

私は喜びのあまり量産したオールA選手のめちゃくちゃ長いパスワードを書き写して、一緒に切磋琢磨したパワプロ友達に自慢しに行ったのだった。

しかし友達から返ってきたのは気のない返事。

そう、彼はもうパワプロなんかに熱中せずに部活の練習に熱中し、部活仲間たちと練習帰りにちょっと悪いことをすることに情熱を燃やしていたのである。

 

中学生というのは誰しもが無意識のうちに自立を試みる時期で、漠然と大人になりたいと願う時期だけれど、年齢的にはまだまだこどもであるだけに、「背伸びの仕方」みたいなところで様々な変化が生じる年頃なのだと思う。

また、そういった変化の中で自分がなにかしら成長や熱を感じるようなものに惹き付けられ、たとえば恋愛や友情、たとえばスポーツや芸術、たとえば勉強や行事などから、少しずつアイデンティティを確立して大人になっていくものなのだ。

 

そしてその友達は多分、部活仲間とのつながりや、ちょっと教師や大人にナメた態度をとることで(いわゆる不良)、心の成長を感じていたのかもしれない。もうパワプロなどやっている暇はなかったのだ。

そのときは少しだけショックだったけど、そんな自分もすぐ音楽に傾倒して、熱に浮かされるまま背伸びをした。

そのようにして中学ではほどほどに、高校では丸々音楽に明け暮れたわけだけど、結局頭ぐちゃぐちゃになっちゃってやめて、気づいたら受験の時期になってて、また頭ぐちゃぐちゃになって……

今思い出しても青春時代の音楽の体験は、どっか遠い国の都市部にでも迷いこんでいたんじゃないかと思えるぐらい場違いな体験だったと思っている。

 

そしてすべてが終わって、二十歳手前、背伸びすら上手くできぬまま身体が先に成長してしまったことに気づいたとき、心の底から思ったことは

「ああ、ゲームしてぇなぁ」

ということだけだった。

すぐさまハードを引っ張り出してはじめたゲームから感じた危険なまでの安心感と、ひんやりとした興奮は今でも忘れない。

 そのあとライト層も巻き込んでモンハンの大ブームがきて、ある程度リアルのつながりを意識しながらゲームできたのはよかった。モンハンと友達がいなかったらゲームの世界から出てこられなかったかもしれない。

 

まあ、何が言いたいかというと、個人的にはハルオが「いや、俺はマジでゲームやりたいだけなんだが……」とか言い出してもいいんじゃあないかと思う。いやダメだけど、俺だけは心の底から共感する。

本来はぐちゃぐちゃになったときほど背伸びをするべきなのだろうけど、なかなかそうもいかないときもある。

そうして足掻いた末ついぞあらゆるものが手に入らなかったと気づいてしまったときに、またゲームに向き合って、心のままに熱中していたあの頃の俺からはじめよう、と思えることは限りない救いなのだ。

 

くにへ かえるんだな

おまえにも かぞくがいるだろう……

CAPCOM STREET FIGHTERⅡ ガイル少佐