空室四号

ゲームコラム中心雑記ブログ

ウメハラの慶応講演について

慶応大学で行われたウメハラの講演の動画を見て、少し思うところがあったので語ろうかと思う。

 


ウメハラ「BeasTV」17/1/19 - 一日ひとつだけ強くなる 慶應丸の内シティキャンパス講演 - YouTube

 

一番衝撃だったのは「なんかつまんねぇと思ったら、気づいたら無理してでも地位や立場にすがりついていたこと。多分無意識に世間に復讐したいと思っていたからだろう」という部分。

これは講演内容を急遽変更してでもウメハラが語りたかったことらしいのだが、いつも飄々としている人だと思っていただけになかなか衝撃的だった。

 

ウメハラは言わずもがなプロゲーマー界の第一人者だが、彼が再三口にする「ただゲームだけやってたら運良く仕事になった。ありがてぇことに食わせてもらってる。感謝しかない」という謙遜ともとれる言葉の裏には、ゲーム以外の(そしてそれは普通に生きる為にはおそらく重要な)部分で敗れ続けてきた過去があったのだ。

やはり、といってしまうと失礼だが、そりゃあゲームだけやってたらそうもなる。勉強もダメ。就職もよくわかんない。あらゆるところで苦汁を舐めさせられてきたのだ。そういう意味で自業自得なのは本人も認めているところである。

 

世の中、「何を言ったかではなく誰が言ったか」で判断するのはよくない、と言われながらも、虚しくも現実的には地位や立場といったステータスが説得力を裏づけることが多い。

同じ事を言っても、何かしら功績を残した人が言うのと、そうでない人が言うのとでは説得力がまるで違うように感じてしまうのが我々人間である。

 

私は勝手に、ウメハラはそういう立場に居続けることに関して、鬱陶しいというか、自由にやらせてくれ、と思っているタイプなのではないかと思っていたのだが、どうやらその真逆で、きちんと良い部分も悪い部分も含めたプロのプレッシャーと真っ向から向き合っていたようだった。

いちユーザーとしてのゲーマーから、業界が放っておかない形で急にプロとなり、ゲームの仕事だけではなくテレビやラジオ、講演や本の出版などその都度期待に応えてきたのだから、当然と言えば当然なのだ。

 

つい最近もONE OK ROCKの騒動があったが、バンドであれアイドルであれ芸能人であれ、そしておそらくプロゲーマーも、制服やスーツを脱ぐことによってプライベートに戻ることが許されない人間である。

彼ら有名人の中でいくらオンとオフがあろうとも、ファンにとってはいつでも「ただひとりしかいないスター」なのであり、放っておかない。ファンは常に自分のスターの一挙手一投足に注目しているのである。ありがたいことに。そして迷惑なことに。

 

「何を言ったかではなく誰が言ったか」

言葉の重さが平等であるならば、良くも悪くもこういったことは起こらない。

しかし違うからこそ、ウメハラの口から「何が大事かは自分の心で決めよう」という言葉を聞けたことに、救いや心強さを覚えた人は多いと思う。