空室四号

ゲームコラム中心雑記ブログ

山田君がブログをはじめたから僕もブログやるという話

世の中には「話せば長くなる話」というものが沢山あると思う。


そして実際に、それらのお話が「話せば長くなる」という理由だけで誰にも話されることなく、記憶の彼方やら無意識やらのどこか辺鄙な場所へと葬られていくのだとしたら、それは何か少し勿体無いことなのではないだろうか。

 

とどのつまり、僕は話せば長くなる話をわざわざするためにブログを書くわけだけれど、これはもちろん後付けの理由というか、糸をたぐり寄せた先で見つけた理由であって、きっかけとなる理由をありのまま順序立てて話すとなるとそれは当然「話せば長くなる話」ということになる。
本来、糸をたぐり寄せた先にある言葉が目的なのであり、糸をたぐり寄せる行為そのものは目的ではないのだから。

 

でも僕は、一見無意味な糸を繰り返したぐり寄せ、不意に「お話の源泉的氷の塊」が海面に浮かび上がり、自分すら知り得なかったその珍妙な全貌が明らかになる瞬間がたまらなく好きなのだ。

 

学生時代、僕はとある趣味のコミュニティを通じて、沢山の人たちと知り合った。


友達の友達であるとか、あるいは友達の友達の知り合いの顔見知りの友達といったような人たちと食事のテーブルを囲み、バーベキューや花火大会に行ったりもした。

そうやって広くて浅い人間関係がたくさん増えていく感じはいかにも学生らしくてとてもいいものだと思う。

 

でも当時から自信を持てるものがまったくなかった僕は、結局居場所を見つけられないまま時間が過ぎてしまい、そのほとんどがいい思い出にはならなかった。

 

そして上手くいかなかったときはよく長文のブログを書いた。

ブログの内容は長々と書くわりには徹頭徹尾何かしらの言い訳に終始し、時々斜に構えては卑屈になって暴走するという、かなり酷いものだった。
本当に読んでくれていた人がいたとしたら、逆にいっそう距離が離れていたと思う。

 

それでもあの頃の僕の言葉と文章は、自信のない自分をよく守ってくれていたと思っている。

 

先日、そのコミュニティで知り合ったある人がブログをはじめたという情報をたまたま知った。
当時からほとんど話したことがない人で、もちろん今も親交はまったくないわけだが、不意に僕の頭の氷の塊はぷかぷかと浮上し始め、僕もブログはじめてみようかな、という珍妙な結果に不思議と紐付けられたわけである。

 

別段面白くもなく、誰の役に立つわけでもないが、今また、希望の糸をたぐり寄せるように言い訳くさい文章を書くのだ。

 

あなたには話せば長くなる話を聞いてくれる人はいるだろうか。

いるとしたら、それはとても幸せなことだと思う。