空室四号

ゲームコラム中心雑記ブログ

モテる秘訣は健全に人を愛すること

俺が今にも倒れこまんとばかりに砂漠をふらついている間、彼は黙々とモテる魂をみがいていたのだ。

 

車に乗ってはオープンカー、衣装をまとってはブランド品。時計や財布にもさりげないこだわりが光る。
お洒落なデートスポットや夜景を熟知し、食べ物の知識とくれば都会の有名店はもちろん、地方の隠れ家的名店まで隈無く知っている。果ては最新コンビニスイーツまでをも網羅している始末だ。

 

こいつはモテる。

何気ないトークのセンスもさわやかで知的な一級品。こいつがモテなきゃ誰がモテるんだ。

 

話だけ聞けばそれはそれは大層嫌味なやつに聞こえるかもしれない。
着飾って、情報をかき集めて、どれだけ必死なんだよと。
でも会えばわかる。身にまとう雰囲気すらもただ必死なだけの連中とはまったく違うんだ。

 

でも誰だって、若いうちはそれなりに必死になるものだ。自信はなくてもそれなりのがっつきが許されるから。それが結果にもでちゃう年頃だから。それで自信も培えるから。

 

しかしこの歳になると、それができるのはもはや人間としての力なんだよ。
青春を引きずった男女にありがちな、自分がひとりの人間として、異性に対し「どこまでいけるか」と試してみたくなる衝動。
たぶらかし、騙し、いたずらにもてあそび食い散らかすような自信過剰なものとも断じて違う。

 

彼はきっと、本当にそういったことが好きでやっているのだ。
おそらく女の子が好きってだけじゃなくて、人間が心から好きでなければこういう人にはなれないのだと思う。

 

「俺は人に対して、ただただ素晴らしいと思うものを勧めたいから」

 

普通の感覚なら、聞くからにキザだし、薄っぺらいし、まず当たり前に気恥ずかしい。
でもこの言葉がある種の重みを伴うことこそが彼の魅力なのだろう。

 

必死になったって、普通はボロがでる。油断する。
寝癖がそのままになっていたりする。髭を剃り忘れたりする。なんか知らないけど胃腸が悪くてとんでもない口臭だったりする。
どこかでありのままの自分に根拠のない自信を持とうとする。

 

俺はいつまでたっても自分の内面の、誰も入れないような、入ったところで面白くもない砂漠みたいな場所を愛したいと思っている。ひょっとしたら抜け出せなくなっている。

 

ありのままで当たり前に愚かな自己への矜持をみがきあげることこそが、彼のような人間と対等になれる唯一の資格だとどこかで思いこんでいるのだ。いつまでも。

山田君がブログをはじめたから僕もブログやるという話

世の中には「話せば長くなる話」というものが沢山あると思う。


そして実際に、それらのお話が「話せば長くなる」という理由だけで誰にも話されることなく、記憶の彼方やら無意識やらのどこか辺鄙な場所へと葬られていくのだとしたら、それは何か少し勿体無いことなのではないだろうか。

 

とどのつまり、僕は話せば長くなる話をわざわざするためにブログを書くわけだけれど、これはもちろん後付けの理由というか、糸をたぐり寄せた先で見つけた理由であって、きっかけとなる理由をありのまま順序立てて話すとなるとそれは当然「話せば長くなる話」ということになる。
本来、糸をたぐり寄せた先にある言葉が目的なのであり、糸をたぐり寄せる行為そのものは目的ではないのだから。

 

でも僕は、一見無意味な糸を繰り返したぐり寄せ、不意に「お話の源泉的氷の塊」が海面に浮かび上がり、自分すら知り得なかったその珍妙な全貌が明らかになる瞬間がたまらなく好きなのだ。

 

学生時代、僕はとある趣味のコミュニティを通じて、沢山の人たちと知り合った。


友達の友達であるとか、あるいは友達の友達の知り合いの顔見知りの友達といったような人たちと食事のテーブルを囲み、バーベキューや花火大会に行ったりもした。

そうやって広くて浅い人間関係がたくさん増えていく感じはいかにも学生らしくてとてもいいものだと思う。

 

でも当時から自信を持てるものがまったくなかった僕は、結局居場所を見つけられないまま時間が過ぎてしまい、そのほとんどがいい思い出にはならなかった。

 

そして上手くいかなかったときはよく長文のブログを書いた。

ブログの内容は長々と書くわりには徹頭徹尾何かしらの言い訳に終始し、時々斜に構えては卑屈になって暴走するという、かなり酷いものだった。
本当に読んでくれていた人がいたとしたら、逆にいっそう距離が離れていたと思う。

 

それでもあの頃の僕の言葉と文章は、自信のない自分をよく守ってくれていたと思っている。

 

先日、そのコミュニティで知り合ったある人がブログをはじめたという情報をたまたま知った。
当時からほとんど話したことがない人で、もちろん今も親交はまったくないわけだが、不意に僕の頭の氷の塊はぷかぷかと浮上し始め、僕もブログはじめてみようかな、という珍妙な結果に不思議と紐付けられたわけである。

 

別段面白くもなく、誰の役に立つわけでもないが、今また、希望の糸をたぐり寄せるように言い訳くさい文章を書くのだ。

 

あなたには話せば長くなる話を聞いてくれる人はいるだろうか。

いるとしたら、それはとても幸せなことだと思う。