読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

空室四号

感謝と贖罪

アップデート・DLC全盛時代!スト5から見る調整ありきのゲームバランスの是非

最近のゲームはインターネット環境がほぼ必須となり、ハードやソフトもそれを前提に発売しているものがほとんどとなってきています。

中でも大作ゲームはDLCを積極的に発表し、とくに対戦ゲームなどでは四半期や一年単位のロードマップを事前に発表する「シーズン制」を導入、継続的にゲームバランスのアップデートを行い、ひとつのゲームを長く遊んでもらうと同時にコアユーザーによる課金収益を狙っていくことが主流となっています。

 

しかしこのアップデートありきのスタイルには賛否があり、とくにソロプレイのゲームなどではお気に入りのゲームを末永く楽しめる一方で「出し惜しみをするな」「未完成品を売るな」というような言われかたをされてしまったりすることがあります。

それに比べると対戦マルチプレイがメインのゲームなどではまだ馴染んでいるように思いますが、万人が納得する調整を行っていくのはやはり難しいようで、アップデート後には少なからずコミュニティが荒れるのが恒例となっています。

 

先日も『ストリートファイター5』のプロゲーマー・ボンちゃん氏が「スト5は幼稚園児が調整をしてるようだ」と苦言を呈したのが話題となりました。

 

格ゲーはそもそも「ゲームの仕様を網羅していく」ことが直接勝率につながるゲームなので、ユーザーが攻略を進めるうちに必ず細かいアクションやフレームワークの面で仕様だかバグだかわからない挙動が見つかったり、いわゆる「壊れた」性能のキャラや技が発見されたりします。

かつ技の発生や硬直がコンマ何秒変わっただけでキャラの使用感がガラリと変わることも多く、格ゲーのゲーム性において調整は最もデリケートな問題のはずなのですが、スト5はキャラコンセプトまで歪めるようなかなり大味な調整をし続けたことがボンちゃん氏の発言につながったのだと思います。

 

もちろん、アップデートがあれば何ヵ月前に発売したゲームでも賛否が出るほど盛り上がるのが良くも悪くもアップデートの力ではあります。

「アップデートが来たならとりあえずまた一回さわっておこうかな」という気になります。

 

しかし前述の通りいわゆる「有料ベータ」と揶揄されるような「とりあえず発売しておいて中身は後から調整すればいいじゃん」という考えが透けて見えてきてしまうゲームも残念ながら存在します。

追加コンテンツやゲームバランス調整というものの運営自体が微妙なバランスの中で回っているのが現代のゲーム業界事情と言えるのかもしれません。

ゲームは頭が悪くなる? ゲーマー達の愛すべき偏った知識

「ゲームばかりやっていると頭が悪くなるぞ」

私が幼いころは大人たちにそんな言葉をよく聞かされたものです。ファミコンやゲーセンが社会現象となり少し落ち着いたあとで、ゲームに対する社会の風当たりがとても強かった時代でした。

今でも「ゲームばかりやっていると頭が悪くなる」の言葉の真偽は不明ですが、何事ものめり込みすぎずほどほどがいいのは当然のこと。頭が悪くなる、とは言わないまでも勉強や仕事など本業の邪魔になる、と言われてしまえば心当たりは山ほどあります。

 

もちろん「ゲームを勉強に活かそう」というゲーム、とくに大人たちも巻き込んで大ヒットとなったニンテンドーDS脳トレ』ブームは顕著な例ですが、教育用ゲームというものも古くから一定の数はありました。

しかしそれとは別に、純粋に我々ゲーマーがゲームから得た社会で役に立つ知識というものも少なからずあるはずです。

それはもはや「ミステリー小説を読んでいたらトリックの鍵となった自然現象に詳しくなっちゃった」的なトリビアのレベルですが、今日は「ゲームで頭が悪くなる」を論破することはできないまでも、「ゲームだって少しは役に立つんだぞ」ぐらいの屁理屈ならばひねり出せるのではないかと筆をとった次第であります。

 

まず思い当たるのは、スポーツの知識などが良い例なのではないでしょうか。

とくに「ライトゲーマーの家には大抵ある」でお馴染みの『パワプロ』『ウイイレ』シリーズから、少なからず社会における雑談の場で役に立つ情報を得た人はいるのではないでしょうか。

 

事実私は本物の野球をよく知らないうちからパワプロをプレイし、野球選手の知識はもちろん、インフィールドフライやエンタイトルツーベースなどの比較的細かいルールまで幅広く知ることができました。

そこから本物の野球にも興味を持ちはじめ、選手名鑑を買ってみたり、試合のテレビ中継を見てみたり、実際に野球場に足を運んでみたりと活動的になれたのもプラスではないでしょうか。

ウイイレ』の方はあまりハマりませんでしたが、かわりに『サカつく』にハマったおかげで2002年くらいまでのJリーグチームなら今でもわかりますし、ユース制度など組織のことについても知識を得ることができました。

こういったことにはもちろん副作用もあって、選手の顔がよくわからないくせに名前を聞けばゲーム上のステータスだけはよくでてきたり、「とりあえずシェフチェンコって人が最強なんだろ」などと自分がハマったゲームの年代で知識が止まっていたりします。 

 

他にも、知人ではRPGから得た知識で北欧神話にのめり込んだり、クトゥルフ神話を調べるうちにラブクラフト小説を読みはじめた人もいます。

 

……まあ、言ってしまえばゲームで得られる知識ってその程度なのですが、その後何か始めてみたりする原動力になるような、ある種の感情の入口という役割をゲームはじゅうぶん果たせているのかなぁ、とは思います。

そんな私も、FPSのせいで今では軍オタまっしぐらになりつつあります。悪いことではない、はず。

FPS攻略サイト「初心者のうちはスナイパーはやめておこう」じゃあ具体的にいつからやっていいの?

私がFPSというジャンルにハマってから約1年がたちました。まだまだ初心者ですが右も左もわからない超初心者という領域は卒業できたかのように思います。

ハマってからは上手くなりたくて動画を見たり攻略サイトを読んだりしていたわけですが、引っかかるのはどんなFPSのどんな攻略サイトでも語られる「初心者のうちはスナイパーはやめておこう」という言葉。

じゃあ具体的にいつからスナイパーに手を出していけばいいのでしょうか? 今回はこれについて語っていきたいと思います。

 

大抵の攻略サイトの「初心者のうちはスナイパーはやめておこう」という言葉には続きがあって、かわりにアサルトライフルサブマシンガンといった中近距離に優れた武器が勧められています。

これは非常に利にかなったアドバイスでして、オーソドックスな武器を選択することでゲームの大体のシステムやマップの理解が早まる狙いがあるのだと思います。

 

特に大抵のFPSは団体行動が重要になってくるので、中近距離の武器を持っているとどんなシチュエーションにおいてもフォローしたりフォローしてもらいやすい立ち回りができます。

BFシリーズにおいていえばアサルトライフルを持って仲間と共に目標に向かって行動するだけで、ゲームに慣れる頃にはある程度キル数やスコアも稼げるようになります(私の経験上)。

CoDシリーズは撃ち合いになるシチュエーションが多く、上手い立ち回りをした上でもさらに敵に撃ち勝つ能力を磨く必要が出てくるのですが、こちらもアサルトライフルを持っていれば無難に対応できます。

BFはその点『4』のように弾が抜けたり、『1』のように弾自体がバラついたりする仕様があるので、撃ち合いになったら運ゲーと思った方がいいように思います。

 

こうして中近距離の武器を使って「ゲームのシステムを理解した上でのオーソドックスな立ち回り」が馴染んでくると、次第にスコアも上がってくるわけですが、それでもどうしても成長の壁にぶつかるようになってくると思います。

具体的に言うと、デス数が減らないという現象が起きます(またしても私の経験上)。

キル数やスコアは劇的に上がる瞬間があったのに、デス数はなかなか減っていきません。

 

ここで遠距離武器を出していくのです。

スナイパーライフルやマークスマンやライトマシンガンといった遠距離武器を使うとまったく違った世界があることがわかると思います。まったく違ったマップの見え方、まったく違った立ち回り。

遠距離武器は前線から一歩退いたところで立ち回るので、デス数が増えにくいかわりにキル数やスコアも増えにくく、気づけばまったく活躍していない俗にいう「芋」になってしまいます。

しかし無理して攻めれば中近距離武器を持っているときよりデスしやすく、普段よりも一層索敵と安全な攻撃を重視した「押し引き」の意識が大事になってきます。

この「押し引き」の意識が後から中近距離武器に戻ったときに莫大な恩恵をもたらすのです(しつこいですが私の経験上)。

 

立ち回り上危険な場所というのが一層クリアに見えてきます。いつもなら突っ込んでいたシチュエーションも警戒するようになります。

このようにして中近距離武器と遠距離武器を噛み砕いて新しい立ち回りにつなげていくことによって、壁を乗り越えていけると思います。

私も今では新しい立ち回りを目指して毎日スナイパーでデスしまくっています(迷惑)!

新生活!「趣味はゲームです」とあなたは言えますか

新生活とは切っても切り離せないものである自己紹介。

年をとると趣味まで紹介するようなことは減っていくと思いますが、それでも普段のコミュニケーションの中でどうしても自分の趣味を紹介しなくてはならないシチュエーションは少なからずあるものです。

そこであなたは「趣味はゲームです」と言えますか?

おそらく年齢を重ねるたびになかなか難しくなっていくのではないでしょうか。

 

小さいころは特に考えもせずにみんなの前で「趣味はゲーム」と言っていたと思いますし、むしろそこから友達や話題が増えたりしていたと思いますが、やはり年齢を重ねるとなんとなく恥ずかしいと言いますか、引け目や居心地の悪さを感じてしまうものです。

社会人になって、周りが家族サービスや昇進への努力などでプライベートを切り詰めるようになると尚更かもしれません。

 

しかし本当に「ゲームは恥ずかしい趣味」なのでしょうか?

もちろん、ただ自分が愛する趣味なのですから、それが何であろうと他人に迷惑をかけない限りは気にする必要などないはずなのですが、どうしても「趣味はゲーム」が醸し出す「生産性の無さ」「ただの暇潰し」「ひとりで引きこもってのめり込んで暗い」といったイメージは拭いされません。

 

一方で、グルメや旅行といったレジャー系や、草野球やフットサルといったスポーツ系が世間一般では好まれることが多いものです。

「美味しいものを食べたい」「普段とは違ったことを経験したい」といった大抵の人が共感できる欲求や、「みんなで体を動かして楽しむ」といった心身ともに健康的なイメージがあるからなのかもしれません。

 

そもそも、ゲームを含め文化系の趣味というのはやはりどことなく内向きなイメージが強くなりがちなのかもしれません。

中でも読書や映画などの(真実であれ)「嘘臭さ」「置きにいった」イメージはもはや風評被害の領域とも言えるでしょう。

 

しかし文化系の趣味というのはどこか深層心理の領域で「やっぱりこれの良さは他人がどう言おうと俺が一番理解してるんだよなぁ」という部分が大きな興奮の支えになっていたりするものです。

ゲームに関してもそういったある種の優越感と世間一般の劣等感の中で楽しめている部分もあるのではないでしょうか。

 

ですから決して市民権を得たから良い、といったことでもないような気もします。

「自己紹介は上手くはぐらかすけど、それでもちょっとだけ世間にも理解してもらいたい」ぐらいの気持ちで楽しめたらゲームはそれでいいのではないでしょうか。

それでも、たまには外に出てみるのもいいかもしれませんね。

大作『ドラクエ11』は現代RPGでどういう立ち位置をしめすのか

現代のゲームキッズたちがどんなゲームを大作だと定義しているのかはわからないが、我々の世代のドラクエと言えば間違いなくFFと双璧を成す元祖大作RPGだった。

FFが毎回革新的なシステムを導入してくることに対し、ドラクエは保守的で古くから続くシステムを少しずつ進化させていくスタイルをとる。

 

4月11日に発売日の発表会が予定されている『11』にもその流れは引き継がれているようで、ストーリーやキャラクターに関しては従来通りオールドファンの心をくすぐるものになっている模様。

それとは逆に戦闘システムに関しては現代風に寄せてあるようで、PS4版は移動しながらのコマンドバトルになるということで今までよりは忙しくなるのではないかと思う。

特に同作『10』の戦闘はオンライン専用の作品ということもありコマンドバトルと言えども忙しく、それまでのドラクエの戦闘とはかなり異なるものだった。

もし『10』のような戦闘になるとするならば、仲間の行動やアクション面に関してオールドファンには少し不安の残るものになりそうである。だからこその従来通りの戦闘が楽しめる3DS版との両対応なのだろう。

 

しかししみじみと思うのだけれど、「おつかいからはじまって魔王を倒す」ような王道RPGは本当に少なくなった。求められてないから少なくなったのでは、と言われればそれまでなのだけれど、こうまで「たまにはそういうのもあっていいよね」ぐらいの地位に落ち着いてしまったのには少し驚く。

現代のRPGオープンワールドの作品が増えたせいか「おつかい」がメインで、ストーリーはどう転がってもいい、というのが主流だ。

やり込み要素はむしろ前面に押し出され、ストーリーの最初からやり込み部分に触れていくことができる。

 

しかしそもそもRPGというジャンルがテーブルトークRPGを元に作られたものとするならば、現代の形の方がそれに忠実であると言えなくもない。

プレイヤーが考える行動に従うまま、「今回は一体どんなお話になるのだろう?」と素材から紡ぎだされる自由度を楽しむ。

我々日本人が想像するRPGとはまさにドラクエといったような「魔王を倒す」コンピューターRPGだが、どうも『ウィッチャー』や『フォールアウト』など日本でも評価の高い洋ゲーRPGを見ると、目指しているものはそうした古くから親しまれてきたテーブルトークRPGに近いのではないかと思う。

FFは最新作の15でそれを混合するシステムをとったが、古いファン新規ファンの両者を心から納得させるものには残念ながらならなかったようだ。

 

こうした時代の流れの中、ドラクエの新作は一体どういった評価を得るのだろうか。

とりあえずは4月11日のイベントに期待したい。

和ゲーは終わった? 試される国際競争力

「和ゲーは終わった」

こういった言葉がネットコミュニティで囁かれるようになって久しいけれど、果たして本当に和ゲーは終わってしまったのだろうか?ところで「洋ゲー」と言われるのに「邦ゲー」じゃなくて「和ゲー」って言われるのは何でなんだろう(素朴な疑問)

 

「和ゲーは終わった」と言われるようになったきっかけは、単純に洋ゲーが続々と進出してきて競争を強いられているという背景からではないかと思う。今はグローバル社会、ゲーム業界も他の業界と同じなのだ。

もちろん、「家電はやっぱり日本製」「車はやっぱり日本車」といったように、和ゲーならではの良さというものもある。

しかしそれは映画界のそれに近く、「邦画ってアニメ映画は世界でも評判いいのだけれど……」というようなニッチな活躍にとどまってしまっているのも事実だ。

しかも海外製のアニメ映画が不調というわけではないように、ゲーム業界でも最近は『undertail』というような「和ゲーナイズド」された質の良い洋ゲーも登場するなど、結局は単純に国際的な競争に巻き込まれているというのが原因なのだ。

 

内需の方はと見てみると一応まだまだ健闘しているようにも見える。なんだかんだ洋ゲーはジャンルとしてもアクションやFPSばかりだし、主人公はゴリゴリのマッチョだったりするし、昔から和ゲーに親しんできた人には馴染めないものも多い。

でも気がかりなのは、内需だけでは結局パワーが足りないということ。

 

大作を作るにはお金と時間と創造力というパワーが必要なわけで、中でも特に重要なのはお金であって、お金がなければ人材に依存する残り二つも上手く回らない。

そしてとにかく日本のゲーム会社は海外に比べてお金がないのだ。

さらにソシャゲというあまりにも強力な内需があるのも手伝って、今まで日本がメインで世界と戦ってきたコンシューマ部門を縮小している会社も多い。高い海外人気を得ていた『メタルギアソリッド』シリーズ終了の悲劇はまさにここから生まれたと言ってもいい。

 

それでも『BIOHAZARD』や『ペルソナ』シリーズなど一部タイトルは国際競争力も高いし、ニンテンドーブランドもwii時代と比べると落ち着いたもののまだまだ健在で海外ファンも多いものの、むしろ好調と言えるのはそういった歴史あるタイトルだけで、新規ブランドがなかなかヒットしない現状はたしかに和ゲーは終わったとは言わないまでもジリ貧と言えなくもない。

 

思えば、日本ではファミコンを筆頭に当たり前に「子どものおもちゃ」として登場したビデオゲームだけれど、海外では子ども・ファミリーというターゲットはそれまでまともに市場ターゲットにされたことがなく、ニンテンドーセガが海外市場を総取りにしてきた歴史がある。

そういった海外の「ニンテンドーセガキッズ」 達が今こうして強力な競争相手としてあらわれた今、日本はソシャゲで「ゲームに無関心」な層を新しくターゲットにし始めたのは何とも日本らしいと言えば日本らしい。

日本のものづくりの宿命的な帰結とも言える「独自路線」はこの先のゲーム業界で成功を呼び込むだろうか。 是非期待したい。

 

……と、ここまで書いたら『ニーア オートマタ』がPC版を含め海外でも大ヒットだというニュースが目に入った。個人的にはまだまだコンシューマも盛り上がってほしいので嬉しい限り。

ハクスラファンにおすすめアプリ!これからはスマホの普及と共にハクスラが増えていく

お金、レベル、ステータス、そして長大なスキルツリー。難しいことを考えずに、ただただ敵を倒して徐々に強くなっていく快感を突き詰めたジャンルであるハクスラ

こう書いてしまうと大味で、わかりやすい面白さを持ったジャンルのように聞こえるが、シンプル故になかなか満足できるハクスラゲーには出会うことはできない。

 

まずひとつ大きな壁として、いかにその「作業」に飽きないかが大事であり、また「作業」そのものがストーリーやシステムにうまく馴染んでいなくては成り立たないジャンルなのだ。

RPGのレベル上げ」が好きな人と嫌いな人はわりときっぱり別れる要素であると思うのだが、ハクスラゲーとしてはそれこそがゲームとしての「本体」なのであり、とにかく戦闘そのものが格別に面白くなくてはダメなのだ。

エフェクトやSEが気持ちいい、など五感にうったえていくことは当然ながら、敵は強すぎても弱すぎてもいけないし、アクション要素といった技術介入度も、ありすぎるとそれはもはやプレーヤースキルを磨く要素がハクスラ要素を食ってしまうし、無さすぎたらそれこそ「RPGのレベル上げ」になってしまうわけだから、なかなかパワーバランスも難しい。

 

私はPS4の『ディアブロⅢ』やPSVITAの『ドラゴンズクラウン』などをそこそこやりこんだが、今でもたまにやりたくなるほど良くできたゲームだった。

やればやるだけ強くなれることを実感していくことが面白いジャンルなので、隙間時間でできる携帯機との相性が良く、凝ったストーリーも必要なくアイデア一本でイケるジャンルとして、これからはスマホゲーに続々と素晴らしいハクスラゲーが増えていくのではないかと思っている。

 

私が軽く検索して触った感じでも『オイハギノモリ』や『ひまつぶフロンティア』などは面白くてたまにやって時間を吸われてしまう。

上記のゲームで驚かされるのはほとんど個人によって作られたであろうゲームであること。ゲームエンジンの普及でPCやコンシューマでもインディゲーが注目を集めている今、アイデアと技術があれば個人でも素晴らしいゲームが作り出せる世の中になったのだ。

これでは余計に遊び尽くせない。ゲーマーとしては嬉しい悲鳴ではあるが……