空室四号

ゲームコラム中心雑記ブログ

CoD:BO3が神ゲーすぎた? WWⅡはバンパージャンパーたちの評価を得られるのか

本ブログでも何度か紹介している『コールオブデューティ』最新作『CoD:WWⅡ』の最新情報が続々と発表されている。

注目の新モードや、一部スコアストリークの演出はもちろん、5つの師団やシリーズ史上最も怖いゾンビモード、そしてオープンベータの情報など、そのほとんどは発売を心待ちにしているファンから概ね好評のようだ。

 

しかし肝心のゲーム性に関して、一部からは不安の声も聞こえてきた。

「地に足がついたCoD」を求めていたファンに対し、『WWⅡ』は見事その期待に応えた作品となりそうなのに、一体何故?

それにはどうやら最近になって顕在化してきた『BF1』の不調や、過去作『BO3』が少なからず関係しているようである。

 

CoD』ファンからすると、『BF1』は『IW』と同時期にセールスを争った作品となる。

発売前から「泥臭く重苦しい戦場の雰囲気を見事に落とし込んだ作品」として注目を集めていた『BF1』とは逆に、『IW』は、「またピョンピョン飛び回る未来戦か」とシリーズ最悪ともいえる低評価をファンに浴びせられていた。

発売後の評価もあまり変わらず、シリーズ最高の売上となった『BF1』に対し『IW』は早々と離脱するプレイヤーが続出、結果的に過去作『BO3』の熱狂が続くこととなった。

 

そして最近になり今度は『BF1』の評価が下がり始めている。その原因は色々囁かれているものの、ぼんやり浮かび上がるのは「我々が求めているのはやはり現代戦のBFなのではないか?」という仮説である。

武器のサイトはほとんどアイアンサイトだし、ガジェットや乗り物は簡単なものしか存在せず、高層ビルなどがないために全体的にマップはだだっ広い。

たしかに泥臭い戦場の雰囲気は素晴らしいのだが、高性能な光学サイトやランチャー、また偵察ドローンや現代都市が舞台の市街戦など、様々なゲーム映えする魅力的なシステムを犠牲にした上でようやくにじみ出た「シンプル故の泥臭さ」であるような気もしてくる。

そして『WWⅡ』に漂う『BF1』にそっくりな泥臭い雰囲気……ファンは少し「嫌な予感」が立ち込めてきたというわけだ。

もちろん『CoD』は『BF』とは違いガジェットや乗り物の時代背景がゲーム性を激変させるわけではなさそうだが、ロードアウト等システムは少し変更がなされるようであり、『BF1』のように悪い意味で雰囲気にシステムが引きずられるようなことがないことを願いたい。

 

そして一部『CoD』ファンはそんな空気を察してか「このままBO3をアップデートする感じでもいいんじゃないか?」といった、新作の期待よりもとにかく長く遊んだ『BO3』が名残惜しいというような声も上がっている。

1年に1本発売するシリーズなのに、ファンたちは新作に対する度重なる失望を経験しその度に過去作『BO3』は受け皿として機能してきた。

人気の『BO』シリーズ、そしてブーストや壁走り等アクション重視に舵を切った『CoD』の決定版として、その奥深さの虜になってしまうのは無理もない。

 

私も正直『WWⅡ』が出たあとも少なくない人数が『BO3』に戻ると思っている。それは『WWⅡ』が期待できないという予想からではなく、明らかなゲーム性の違いからだ。

ゲーム人口の分断はオンラインマルチゲームにはつらいところだが、『CoD』の莫大なファン人口ならどちらもプレイに足る人口は余裕で確保できるだろう。

しかし新作特有の盛り上がりを維持できるかどうかは単に『BO3』を愛するバンパージャンパー達の評価にかかっているといってもいいと思う。

CoD』シリーズは数多のFPSタイトルを蹴散らし、ついに過去作を相手に戦う時がきているのだ。

 

バトルフィールド新作は2018年末頃発売か――そして伸び悩むBF1

人気FPSバトルフィールド』シリーズ最新作『バトルフィールド1』が、少し盛り上がりを感じなくなってきたように思う。

……いや、そもそも2016年10月発売のゲームなので今さら盛り上がりもなにもないのであるが、オンラインマルチプレイが肝なゲームである以上は一定の盛り上がりと共に人口を維持することは必須であると言える。

 

同じく大人気FPSタイトルである『コールオブデューティ』シリーズは1年に1本のペースで新作が発売されており、ファンは盛り上がりつつも「ダメなら来年」とサバサバと作品を見ている感があるが、『バトルフィールド』シリーズは数年に1本の不定期発売なだけに、ファンは良くも悪くも新作に対する期待は大きくなりがちである。

そんな期待に調整が細かく応えたBF4のような作品もあれば、早急にプレイヤーが離れ調整が半ば打ち切られたような形となったBFHのような作品もある。

 

そしてBF1を見てみると、レンタルサーバーやプライベートサーバー等のコアユーザー向けの環境が徐々に整いはじめ、9月にも大型DLCが発表されているものの、ユーザーたちの評価は「イマイチ」につきる。

調整打ち切りはまだまだないだろうし、むしろ細かく応えてくれているようだが、DLCの前倒しなどスケジュールの変更があり少し運営がバタバタしている印象が見受けられる。

発売時にはシリーズ最高の売上と盛り上がりを見せていた作品なだけに、この伸び悩み方は少しもったいないのではないか。

 

ライトユーザーが時間の経過と共に離れていくのは仕方ないとしても、主にeスポーツ方面での盛り上がりを期待していたコアユーザーも離れてしまっている現状はなんともつらい。

事実、国内ではBF1の対戦を目的としたコミュニティや団体も活動を休止するところが増えてきており、国内外のストリーマーもBF4へ活動の場を戻したりPUBGといった他ゲーへと活動を移した人も目立つ。

コミュニティを観察していると「いったい原因はなんだろう?」という疑問の声もよく上がるのだが、「ガジェットが少ないしロマンがない」「乗り物が雑」「運ゲー」「勝っても嬉しくないし負けても悔しくない」「eスポーツ向きじゃなかった」など意見は様々。おそらくはそれぞれが「ナニカチガウ」という感想なのだろうと思う。

 

そんな中で先日不意に発表となった「バトルフィールド最新作は2018年ホリデーシーズン発売」という公式情報。

BFファンからは期待の声が上がったものの、「じゃあ新作までの一年は楽しくBF1をやって待とう」というユーザーは少なそうだ。

ドラクエ11の評価は結局どうなっていくのか――発売から数日経っての感想

ドラクエ11が発売して数日が経ちました。私も少しずつプレイしています。

私は今までの記事でも語ってきた通り、正直ドラクエ11にはあまり期待していなかったのですが……結果的にRPGにのめり込んだのは久しぶりかも、と思うくらい楽しめてます。

これは、ドラクエ11が間違いなく「ドラクエ」だったからだと思うんですよね。

 

近年、JRPGや和ゲーへの不信感を抱いていたゲーマーは少なくないと思います。

「あの名作○を生んだ●がおくる!」という謳い文句と共に大作が発表されると、メディア評価を巻き込むような形で盛り上がりはするのですが、実際発売してプレイしてみると「言うほどいいか?」という微妙な出来……そんな状態を何度も経験したのは私だけではないはずです。

こういった失望や猜疑心というのは昔から慣れ親しんできたタイトルやブランドということで過剰に期待をしてしまう裏返しというのももちろんありますが、やはり和ゲーというブランドは一時期に比べ実際に「バランス感覚」のようなものを確実に欠いたような気がしています。あるいはただ資金が足りなくなったのか。

そしてなんとなく、今回のドラクエ11にも発売前のメディア情報を見て同じ嫌な雰囲気を感じていたのです。

 

感想として、やはり作品としてのバランスを欠いているのは確かだと思います。おそらくドラクエをあまり知らない方や海外ゲーマーからしてみたらあまりいい評価は得られないのではないかと思います。システムが不便だったり、古くさかったり。

しかしドラクエに一度ハマったことがある方なら、不思議とかなり面白い作品だと感じると思います。

 

小説作法には「良い文章は読み手の記憶や体験を呼び起こす」というものがありますが、まさにこのドラクエ11は、プレイすると「プレイヤーのあの頃の楽しいドラクエ体験」を呼び起こすものとなっているのです。

序盤は演出等で現代のキッズ向けかな、と感じる部分が目立ちますが、我々が主人公と共に「もうひとつの世界」を垣間見たあたりからグイグイと物語に引き込まれ、「あ、これはドラクエだ!」という喜びと共にどんどん熱中してしまう。

 

とにかくゲームとして、現代のRPGとしての作品バランスは欠いているけれど、それは「ドラクエっぽさ」に全振りしたゲームだから。いや、本当にドラクエのナンバリングタイトルなんだから当たり前なんですけど。

でも最近はそういった「ナンバリングタイトルのはずの作品」に裏切られてきた人も多いのではないかと。

でもドラクエ11は大丈夫です。とても面白いです。万人には勧められないけれど、ドラクエにハマったことがある人は是非。

ドラクエ11発売前夜! 大型タイトルの風物詩・深夜の大行列について浅く語りたい

ドラクエ11が明日発売されるということで、「これからも大型タイトルのゲーム目当てに夜中からショップや家電量販店の前に行列をつくることってあるんでしょうかね?」と思ったので今回は少しゲームをめぐる行列について浅い想いを語らせていただこうかと。

 

「これからも」と書きましたが、もちろん現在『スプラトゥーン2』の人気と共にNintendo switchの品薄が続いていることは知っております。switch入荷日には大行列となる店舗もあり、抽選券の番号を巡って問題が発生したことも話題になりました。

しかしそれはゲームハードでのこと。ハードや周辺機器といった注目の「現物商品」の世界ではおそらくこれからも行列ができることもあるのでしょうが、ダウンロード販売も行われているゲームソフトでは少し話が違ってきます。

ゲーマーたちにダウンロードや通販といったネット環境が完全に普及した今となっては、もうゲームソフトをめぐる大行列を拝める日はなかなかこないのではないかと。

 

私が思い出せる中で最後に経験した行列はPSPの『モンハンポータブル』シリーズです。

ソシャゲ普及前であり、時間に余裕がある若者たちがまだ暇潰しのためにゲームを買って遊んでいた時代でしたし、ダウンロード販売がそれほど浸透していなかった最後の時期かとも思います。

私はさすがに夜中から並んだことはないのですが、『P2G』のときには友人の付き添いで朝から並びました。私は予約していたので並ぶ必要はなかったのですが、あの行列はゲーマーなら一度は経験してみると面白いかもしれません。

 

……裏を返せば、「予約が殺到しすぎて予約分がすぐハケちゃって店頭販売分にかけるしかない」というような話題が製造物流を超越したタイトルが私どもの世代にはそこまでなかったからなのかもしれません(とはいえモンハンは続編のP3がそれに近い状態で、気づいたら大手家電量販店で続々と予約が終了しており、友人からドンキならいけるという情報を得て駆け込みで予約しました)。

私より少し上のファミコンブームど真ん中の世代は、ネット環境や娯楽の数や物流の違いはもちろん、きっとファンを含めたゲーム業界に関わる人たちに今よりももっと熱量があった時代だったのもあるのでしょうね。

 

この前回の記事でも書いたんですけど、タイトルとしては正直ドラクエももう自然な行列を作り出せるのか微妙なタイトルではあります。

それこそファミコンブーム世代の「ドラクエが出るんだからとりあえず並んどけ!」という様式美的なことをする方たちはでるでしょうが、やはり様々な理由はあれどゲームをめぐる行列が街から減っていくのは少し悲しいですね。

 

それでもドラクエ9のときはけっこう凄かった記憶があります。やっぱり11も是非盛り上がってほしい。

偉そうなことを言っておいて今回私はダウンロード版にて画面前待機となりますが、まあ、よくよく考えてみれば、みんな手に入れてプレイする幸せを求めているわけですから、確実に手に入る現代は現代で素晴らしいです。はい。

ドラクエ11、ターン制バトル確定で広がる賛否の波紋

今さらな話題ではあるが、ドラクエ11の戦闘システムがシンボルエンカウントからのターン制バトルに確定したようである。

オンライン専用化を筆頭にドラクエシリーズとして革新的な試みをふんだんに取り入れた『10』のあとの作品ということで、『11』はどうなるものかと注目を集めていたが、やはり「これぞドラクエ」というような、古くからのドラクエファンが安心して楽しめる作品を目指したようだ。

しかしそのターン制バトルをめぐって、ファン以外のゲーマーからは賛否両論色々あるようである。

 

シンボルエンカウントからのターン制バトルということで、いくつかのゲーム系メディアでは「今どき珍しいターン制バトル」という言葉を使って紹介されていた。まあ、その通りではある。

珍しい、とは言われるものの、ポケモンもシリーズを通してターン制バトルを貫きその人気を変わらず維持しているし、まだまだ携帯機のJRPGを強く意識した作品などでもターン制RPGはよく見られる。

しかしたしかに目新しさという面では一切の魅力はなく、言葉は悪いが手垢がつきまくっているシステムである感は否めない。

さらにPS4版などは技術的にも「持て余している」感はある。今はハードの性能を活かしたド派手なアクションやシューティングが多く、今現在もっとも熱心にゲームをプレイしている年齢層もそういったゲームにアイデンティティを持っている世代ではないだろうか(そういった若い感性に向けてきちんと『ヒーローズ』や『ビルダーズ』といったタイトルも発表しているところはブランドの強さではあるが)。

 

そう、ターン制バトルとは、現代ではもはや「あえての」ターン制バトルなのである。

私はクリエイターの立場はよく分からないが、戦闘にアクション要素が全く絡まないというのもまたレベルデザインが難しいような気もする。いや、難しいというよりも、一種の失われかけている職人芸やオーパーツのようなものなのではないかと。

 

この点を見るに、私はドラクエというブランドは『11』において今まで積み重ねて手にしてきた「誰もが楽しめる国民的大作」という冠を自ら脱ぎ捨て、純粋にファンのための作品に仕上げてきたのではないかと思っている。

もちろん、その裏返しの意味としてドラクエの熱心なファン層自体が現代の主要なゲーマー層のボリュームゾーンとズレてしまったということもある。昨年2016年がドラクエ生誕30周年である。我々も歳をとったのだ。

ネットでは堀井×鳥山×すぎやまトリオで作られる最後のドラクエになるかもしれない、という縁起でもない話も囁かれている。ドラクエ制作陣も当然歳をとる。

 

それでも、私はドラクエ11が単なる「おっさんホイホイ」という評価のゲームで終わってほしくはないと思っている。

昨今の和ゲー大型IPが元気がないのは事実だが、囁かれる「和ゲーは終わった」の風潮をドラクエは是非覆してほしい。

かくいう私も最近はJRPGどころか一人用のオフラインゲームから退いていたが、ドラクエ11は純粋なファンとしての期待半分と、「JRPGを買うのはこれが最後、好きだったドラクエよ、俺に引導を渡してくれ」というひねた感情半分で買ってみようかと思っている。

ゲームをやめたい……「やりたくないのにやってしまう」謎の義務感について

趣味としてゲームに向き合う上で、ゲームを「別段やりたくないのにやってしまう」ということがたまにある。

……いや、ない人はないのかもしれない。

でもネットなどを見ている限りそういった悩みはわりとよく聞く話だ。

 

ただの趣味として取り組むゲームなのだから、単純にやりたくないときはやらなければいいのに、日常においてこういった「義務感」が起こってしまうのは一体どういったことなのだろうか。

私が思うに、この「ゲームに対する謎の義務感」というものには大きくわけてふたつのものがあると思っている。

 

ひとつは根本的なもので、もうゲームには趣味としてほとんど飽きているにも関わらず、日常生活の中で他に特にやることもないので「何もやらないよりはマシだろう」とゲームをやってしまうパターンだ。

他にも、勉強や仕事や家事など優先的にやることがあるにも関わらず、それに向かう気力がないときに罪悪感を感じながらも気分転換と言い聞かせて無理にやってしまうパターンなどもある(本当に気分転換になっている場合はもちろん別だ)。

 

……この問題はもう、なんとも言えない。

ゲーム以外の本当に楽しいと思える趣味を見つけたり、気力を振り絞って本業に取り組むのが一番なのだが、それはゲームというよりも日常の問題なのであって、個人個人に色々な想いがある。

これはわりと小さいうちから時間があればゲームに打ち込んできた人に有りがちなパターンだと思うのだが、もう何十年も続けていることなのだからどうしても飽きてくるのは仕方ない。

ゲームをしないで「もう飽きた」「ゆっくりボーッとして休む」と言い聞かせて一度本当に何もしない時間と向き合ってみるのもいいと思われる。案外そういった時間から何かが見つかるかもしれない。

私は思ったことはないのだが、世の中には本当に「何もしない」時間が怖い人がたくさんいるのだ。後述の考え方も少しは役に立つかもしれない。

 

もうひとつはゲーム自体にはそれなりに前向きに取り組めてはいるものの、どこか義務的なプレイをしてしまうパターンだ。

大作RPGなどをプレイするときに、「このシリーズは続き物だから前作からやらないと」といって最新作をとりあえず置いといて中古で買ってきた前作から渋々プレイしたり、プレイしたらしたで「取り逃しが怖いから」と攻略サイトなどにべったりと張り付き、まるでプラモデルを組み立てているような感覚で逐一ミスがないか確かめながらプレイしてしまう。

私はこのパターンに陥りがちであり、一度は本当にゲームを辞めた。もちろんこういったプレイが好きでやる人もいるわけだが、私は徐々にゲーム自体への熱が冷めていった。

 

さらに対策として私の例をあげれば、結局これを救ったのはオンライン対戦ゲームだった。

オンライン対戦ゲームは良くも悪くも正解がなく、勝てばいい。もちろん勝つのは難しいのだが、そういう時はお得意の攻略サイトを見ればいい。それでも結果が出ないことも多く、スポーツ的な感覚というか、ゲームそのものへの向き合い方が変わる。

 

私は格ゲーから入ったのだが、格ゲーはその「スポーツ的な」要素がかなり強いように思う。さらに格ゲーはオンライン対戦といっても一対一の勝負なので、オンラインに抵抗がある人も入って行きやすいと思う(オンラインゲームで一番怖いのは味方だ)。

格ゲーは攻略サイトを見て仕様を知れば知るほどたしかに強くなるのだが、相手ももちろん仕様をチェックしているし、そうなるとレバーやボタンの入力制度や反射神経を鍛える「練習」をしなくてはいけない。

私は結局この「練習」が楽しくなくて格ゲーを投げ出してしまったのだが、その後に行き着いたFPSは長くプレイできている。

FPSにもBot打ちやAIM合わせといった「練習」はあるのだが、こちらは実戦でもなんとかなることが多く、今のところ楽しく打ち込めている。

 

しかしこういった「練習」や、FPSのようなチームで取り組むゲームになると、今度は「腕を落としたくない」「コミュニティに参加せず嫌われていくのが嫌だ」というような義務感を生む。

そうなったらまた、大作RPGシミュレーションゲームのようなひとりで楽しむゲームに戻ればいいのである。

……こう書くと、ある意味ではゲームそのものに飽きてきた人のほうがわりと軽症な気もする。ゲームは人生を壊さない程度に取り組むのが一番。

 

とにかくどんな理由にせよ、ゲームに飽きてきたらあなたの中で一旦ゲームを「終わらせてしまう」のが一番だと思う。

「ゲームは辞めた」としても、またやりたくなったら戻ればいい。売ってしまっても買い戻せばいいのだ。とにかくゲームをやって嫌な気分になるのなら、遠慮せず辞めてしまえばいい。

 

個人個人、好きなことへの向き合い方は色々ある。いつかはそんなことも書いていきたいです。

【悩み】ネットのゆるいつながりみたいなのってうらやましい

ネットコミュニティに身を落とす上でありのままに正直でいることはとても難しいように思う。

 

私はこうしてゲーマーという看板をかけてネットに身を落としているわけだが、正直とてつもなくゲームに生活を捧げているわけでもないし、とてつもなく高いスキルを持っているわけでもない。

趣味といえば当たり前に小説や漫画だって読むし、音楽だって聴く。専門科目として学んできたことや普段の生活に思うことだってある。

ではなぜゲーマーという看板をかけているのか? それは単にゲームや小説や漫画や音楽の中で一番熱量が高い趣味を選んで自分自身にかけた看板にすぎないのだ。

 

ゲーマーと言っておけば、同じくゲーマーの人は大体相手がどんな人種かわかっているだろうし、プレイしているゲームからも話題が拡がりやすい。自分自身もそこそこ「語れる」。

ネットコミュニティにおいてそういった人格を自分に与えてあげることは多分けっこう大事だったりする。

しかしそれでもなかなかネットコミュニティの輪に入っていくことは難しいように思う。

 

ネットでは政治や芸能といったみんなが認知している強い情報が毎日ものすごい量流れてきて、もちろん自分もそれについて思うことはあるわけだけど、いちいち正直な意見をのべていくことは普通のことのようにも思うし危険なことのようにも思う。

なぜならネットには当たり前に色々な人間がいるわけで、明確な自分の立ち位置を示すことは仲間を増やすとともに敵をつくる行為でもあるからだ。

イムリーなところで加計学園の問題やAKB総選挙結婚発表問題などがあるわけだが、それに関して擁護・反対・どうでもいいという立場を明確にすることは何だかとてつもない流れに入っていくようなことのように思える。しかしそれがネットを楽しむ本来の振る舞いのような気もするのだ。

 

何かしら自分という人間を広く認めてもらいたいのか? と問われれば、全くのノー、と言うのは嘘になる。しかしそういった考えは危険だ。ことネットにおいてその欲求を拡げていくと際限がない。

自分を下手に大きく見せて仲間や敵を増やしていくことよりも、「この話題は入っていくのヤベェんじゃねぇか」と恐怖に身を任せたほうが楽な気もする。

 

では現実の世界で名刺などを配って目の前の人間ありきの対話でもしていけばいいのではないか、とも思うわけだが、それはもう不思議なことになかなか現実的ではない。

今の時代現実で会う人もほとんど何かしらの形でネットに身を落としているし、もちろんネットで認知してから現実で会うこともあるわけで、今の時代結局のところ入口が違うだけで人間本来の動物的な印象によるギャップだけが残るという可能性は良くも悪くも否定はできない。

私自身前述のとおり何かしら趣味関連の後ろ楯や仕事があるわけでもないし、そもそもただの看板にも偽りありの何にかんしても中途半端なおじさんだし、第一に人間としての印象にまったく自信がない。

現実でのコミュニケーションは苦労のわりに総スカンに終わる可能性が大きいのだ。「なんかネットでも冴えないやつだと思ったら本人も冴えないやつだったな」というわけである。

 

ここまで読んでいただいて「なんだこいつただ友達つくりたいのか?」と問われれば、それはもうイエスである。友達というか、ただ「好きなことに関するゆるいつながり」みたいなものが欲しいのだ。

ことゲームに関して言えば、ある程度歳がいってしまうと周りはみんな辞めてしまうのはもちろん、続けていてもわりと「隠してしまう」趣味なので、圧倒的にネットのつながりのほうが強い。

はずなのだが……なかなか上手くいかないものですね。

 

なんか毎日適当なこと言って、「来るものは拒まず、去るものは追わず」みたいにどどんと構えられればいいし、楽なわけですが、前述のように「大きな流れ」に入っていく勇気がないものにとって結局のところみんながゆるく楽しめる暇つぶし系成果物をつくっていくことは大事なんじゃないかと。

だからこうしてゲームのブログを書くわけです。動画でも撮るか。うーむ。